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平井和正の「近況+」過去ログです。

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 2002/06/17  三千子お姉様


21世紀幻魔大戦の画像がどうしても出てこない。三千子お姉様の画像は苦もなく出てきた。やはり三千子さんは強力である。この画像をご存知のかたもおいでだろうが、山田章博画伯から戴いたものである。ひたすら神秘的で美しい。オーラが迸り出ている。
この素晴らしい絵が山田画伯の画集に収録されないのは、私が秘蔵しているせいなのである。やはり、三千子さんが再登場を希望しているせいなのだろうか。

  
 2002/06/17  21世紀幻魔大戦

実のところ、七月鏡一さんとお会いして美味しいものをご馳走になり、ご機嫌で帰宅し、七月さんから頂戴した新刊「闇のイージス」を読んだ。ご馳走になったからというのではないが、七月さんは物語の構成についてはたいした技量の持ち主である。登場人物の切れ味がよろしい。キャラ次第でマンガは決まる。しかし、構成力がないと、せっかくのキャラも生かせない。小道具の使い方もめちゃうま。ああ、おれも「デスハンター」の原作を書いた時、もう少し小道具に工夫を凝らせばよかった、などと手遅れなことを考える。主人公の田村俊夫は義眼と義手の持ち主なのだが、ひねりが足りなかった。
そこまで考えた時、なんの脈絡もなかったが、「真幻魔大戦」の続編が書けそうな気がしてきた。二十年間、そんな気になったことは一度としてなかったのである。
そうだ、作家生活四十周年の出版記念会で「幻魔大戦と私」という講演をやろう、と更に飛躍した。山本周五郎先生は四十年の作家生活で只一度の講演をおやりになり、まだ学生の私はその稀に見る貴重な講演をこの耳でしっかと聞き、水に見せかけたウィスキーを山本周五郎先生がぐびり、と飲まれるさまを目撃したのである。
そうだ、私も生涯に只一度の講演をやろう。「幻魔大戦と私」というタイトルで。そしてあわよくば「21世紀幻魔大戦」を書いてやろう。しかし、あの膨大な幻魔大戦シリーズをすべて読み返さねばならない、それがネックだ。しかし、せっかく言霊が訪れてくれるのだったら、書かない手はない。というわけで私の心は千々に乱れるのである。
  
 2002/06/08  ラ・ゴロンドリーナ(すばらしいメキシコ民謡で、自分の魂をツバメに託した歌であります)


ちょっと珍しいものを。
ツバメは珍しくないが、ツバメの水浴を目撃した人は珍しいのではないか。先日、強烈な雨が降ったときのこと。まさに豪雨であった。他の小鳥はもちろん大型のカラス、鳶までがあっという間に姿を消した。ただ一羽だけ電線に止まっている小鳥がいる。この猛烈な土砂降りの雨にたじろぐ気配もない。カメラの望遠レンズを向けてみると、ご覧の通りのツバメであった。何をやっておるのか、体操をしているようである。よくよく観察するとツバメは豪雨のシャワーを浴びているのであった。心地よさげに翼をあげたり下げたり、体をねじったり、シャワーの快感を満喫しているのであった。
ツバメは何千キロもの旅をする鳥だ。太平洋の真っ只中で強烈なスコールの真っ只中に飛び込むこともあるだろう。このツバメも平気平気、慣れてます、というに違いない。時計を見ると三十分も豪雨の中でシャワーを楽しんでいたことがわかった。
それにしてもツバメという小鳥は、この小さな体で陸地も見えない大海原の上を何千キロも飛んでいく。なんという壮大な肝っ玉だろう。それを思うと、人間て言う日常的存在が、なんとなくみすぼらしく思えてくる。けちくさい根性を匿名という覆面で隠すハッカー諸君、ツバメ諸君に恥ずかしくないようにもっと壮大な生き方をしなされや。
  
 2002/06/01  スパイダーマンその青春彷徨


今、実に多忙なのである。人に遭う仕事が立て続けに生じて、その合間を縫うように執筆を続ける有様だ。まことに不本意だが、人生にはリズムというものがあり、可能な限り、対人関係を避けている私にも回避ができない状況が生まれてくる。
小説が快調に進む時は、それに全力集中するのが私のモットーであり、対人関係を極限まで整理したのはそのためだ。それでもなお避けられないのだから、これは運命的なものであろうと思う。
執筆中の小説にどっぷり漬かっているのが、作家の私にとって最大の仕合せだ。どんな重要な仕事であろうと、断然執筆を優先してしまう。言霊が急かしているのだから、他のメールの返事を書くとかFAXの問い合わせに答えるとか、一切ネグってしまうのは致し方ない。不義理に不義理を重ねることで、私の創作ペースは成立しているのだ。
話変わって、巷では映画の「スパイダーマン」が大人気であるらしい。私はもちろん未見だし、この先も見る気はない。あのグロなスパイダーマンのポスターを見るとうんざりしてしまうのである。初期のテレビアニメには科学知識のないライターが、月面で銃声がとどろいたり、宇宙空間でパラシュートが開くようなとんでもないことを平然とやっていた。子供だまし、と昔からいっているが、あのスパイダーマンというのも明らかにその種のものだからだ。ファンタジーと言葉を曲げるのもおぞましい。それゆえ、この先、スパイダーマンに関しては一切言及しない。
久方ぶりに、今は大家と世評に高い池上遼一さんの新作スパイダーマンを拝ませて戴いた。やっぱり昔の小森ユウとは全然別人である。青春彷徨のさなかにあったひよわな少年、小森ユウの何かに堪えているような、見ているのがつらくなる表情とは違う。当時作家的衰運期にあった私自身のつらさと重なる青春彷徨は、もう遠い過去のものだが、今だって私は手探りで小説を書きつづけているのだから、おなじことか。小説を必死に書きつづけることで救われているのだからなあ。

  
 2002/05/20  四十周年


一瞬、などということは全然なかった。四十年の作家生活の回顧のことだ。いつの時点を呼び出しても、デスクにしがみついて脂汗をじっとりとかいている自分の姿がある。万年筆のペン先のイリジウムが磨耗して、何十本も換えた。そのうちに万年筆が姿を消して、一台百五十万円もする初代ワープロが取って替わった。幻魔大戦を書き終えた頃、右手のペンダコのできる指の爪がピラミッドの稜線みたいになり、激痛が生じて、やむなく高価なワープロを買ったのだ。そのワープロもどんどん代替わりしてゆき、五代目になろうとしているとき、パソコンに切り替えた。そのバソコンも初代から数えて四代目だ。
玉姫山の神様のところへ行ったのは、かれこれ十二年前。玉姫山の神様に気に入られて、こんなことをいわれた。(もちろん霊能者の口を通じてのことだが)「わしは金儲けはさせん。だが、もっといいものをやろう」
もちろん玉姫山の神様が金儲けをさせない神様と承知していたから、少しも驚かなかった。この神様は気に入らない人間を寄せ付けないことで有名だった。来るな、といわれれば、どんなに努力をしてもお山には行けないのだ。お金が儲かりますように、と祈るのは、ちょうど米大統領のホワイトハウスを詣でて私欲を満たそうと願うのとおなじことであるらしい。
以来、私は小説を書くことを非常な楽しみとした。それが玉姫山の神様に与えられた最高の贈り物だった。
ところで、山本周五郎先生は、小説を営々と書きつづけて四十年、「小説の毒があたった」とおっしゃって亡くなられた。どうやら私は不死身であるようだ。
  

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