2002/05/20
四十周年
|
一瞬、などということは全然なかった。四十年の作家生活の回顧のことだ。いつの時点を呼び出しても、デスクにしがみついて脂汗をじっとりとかいている自分の姿がある。万年筆のペン先のイリジウムが磨耗して、何十本も換えた。そのうちに万年筆が姿を消して、一台百五十万円もする初代ワープロが取って替わった。幻魔大戦を書き終えた頃、右手のペンダコのできる指の爪がピラミッドの稜線みたいになり、激痛が生じて、やむなく高価なワープロを買ったのだ。そのワープロもどんどん代替わりしてゆき、五代目になろうとしているとき、パソコンに切り替えた。そのバソコンも初代から数えて四代目だ。 玉姫山の神様のところへ行ったのは、かれこれ十二年前。玉姫山の神様に気に入られて、こんなことをいわれた。(もちろん霊能者の口を通じてのことだが)「わしは金儲けはさせん。だが、もっといいものをやろう」 もちろん玉姫山の神様が金儲けをさせない神様と承知していたから、少しも驚かなかった。この神様は気に入らない人間を寄せ付けないことで有名だった。来るな、といわれれば、どんなに努力をしてもお山には行けないのだ。お金が儲かりますように、と祈るのは、ちょうど米大統領のホワイトハウスを詣でて私欲を満たそうと願うのとおなじことであるらしい。 以来、私は小説を書くことを非常な楽しみとした。それが玉姫山の神様に与えられた最高の贈り物だった。 ところで、山本周五郎先生は、小説を営々と書きつづけて四十年、「小説の毒があたった」とおっしゃって亡くなられた。どうやら私は不死身であるようだ。
| |