『マル由闘病記/後記』

「マル由闘病記」を読んで戴いた皆様。ありがとうございました。
我ながら力作(力が入っている、と言う意味ね。「力のある作品」にあらず。)
だったと思います。こんなに頭と時間使って文章書いたの、卒論以来じゃなかろうか(笑)?

(これもひとえに、静かな執筆環境を提供してくれた、カミサンとメイのおかげです。「ありがとう。ついでに、次女出産お疲れさん。これから育児がさらに大変ですが、私のコズカイは聖域ですから手を付けないでおくれ。(懇願)」)

最初から脱線でしておりますなぁ。軌道修正・・・。

「マル由闘病記」ではマル由さんの病気との戦いを皆さんにご紹介して参りました。その真意は既に語りましたので、ここでは触れませんが、私の手元にはマル由さんのご親友、福岡様から頂いた膨大な記録、資料があります。
「闘病記」でも触れましたが、その中には「奥様闘病記」「ご家族闘病記」そして「福岡さん闘病記」とも言うべき物が多く含まれております。それは、
ご紹介すべきでない(出来ない)物と判断しました。しかし、その他にマル由さんの楽しいエピソードや、人柄を語っている物があります。「本編」に織り込んで行くと、まとまりが無くなるので、泣く泣く割愛しました。

そこで、「闘病記/後記」としてそのあたりをご紹介し、故人を偲んで
「笑ってさし上げ様ではないかっ!」と思っております。
どうか皆さんも『貴方の知らないマル由さん』を読んで、隣にマル由さんが
座って「いや〜お恥ずかしい。」と言っている所を想像して下さい。
(たぶん、ほんとに照れていると思いますよ。)

<エピソード1。実は大のF−1ファンだったマル由さん。>

入院前の、電話でのやり取りだそうです。

福岡さん 「何かできることないか?」

マル由さん「ウチのカミサンに頼んでも、きっとダメだろうから、F−1ビデオ録画頼む」
今季は全レース、ビデオに残すつもりだったとかで、それだけはくれぐれもたのむ!ということでした(笑)。

また、入院中にマル由さんが自ら福岡さんに電話を掛け、開口一番が「ハッキネン(F−1レーサーミカ・ハッキネンの事)は、今季限りでF−1を引退するのか?」

だったそうです(爆笑)。

<エピソード2。実は好き嫌い多く、ジャンクフード好きなマル由さん。>

以前、書き込みにもご本人チラッと語っていましたが、「たこ焼き」を1パック
平らげ(抗癌剤1回目後の頃)奥さんのニラまれた。
と、言うのも奥さんが作っていった野菜の煮物など手をつけなかったそうで・・・(そりゃ、怒られるわ。ウチのカミサンなら口に押し込むぞ。)。

お見舞いに行ってお話した時、抗癌剤を止めて、「健康食品で頑張る。」と宣言するも、好き嫌いが多いので奥さんは少々「猜疑の目」だったもんなー(笑)。

お正月、マクOナルド「チキンカツバーガー」食べたのはご紹介しましたね。

今年に入り、腹水抜き取りをして(その日の夕方)食欲出ると、突如購買コーナー(病院5F→B1F)に行き、クリームパン1個とカフェオレを買い、全て平らげ周囲を呆れさせる(奥さん激怒したそうで)。

翌日以降、ミカン3個、おにぎり2個、サンドイッチ一人前、ハンバーグ+目玉焼き等、様々な一気食いをやって見せ家族中から大ヒンシュクを買う。
(健康によさそうなのってミカンくらいか?)

と、食うときは食うマル由さん。当然食べても戻す事もありますが・・・。
ひょっとして、おこちゃま系が好きだったのかなー(笑)。


<エピソード3。実はピークは80kgくらい体重あった?マル由さん。>

この点は未確認な所もあり、推測ですが、福岡さんの資料によると、そう
推測します。

「昨年6月頃から、食べられない状態が続き、体重が15kg落ちた。」
と、福岡さんに語っています。で、入院当時60kgだったそうだから、ピークは75kg(デブ暦20数年の私は、あと数キロは誤差があると見た!)と言う事に。ピーク時のウエスト90センチ台だったそうですから。

「顔があまり痩せないたちなので、お見舞いに来た人が元気そうだなって、拍子抜けして帰るんですよ。」と仰っておられます。

だからなんだと言われると身も蓋も無いのですが、なんか親近感持ってしまいました(笑)。

<エピソード4。マル由さん、幻の「赤い彗星」ラジオドラマ存在する。>

マル由さんが、大の「ガンダムファン」であるのは、皆さんご存知ですが、福岡さんによると、学生時代(マル由さん、福岡さんも放送研究会出身。そういや、マル由さんと私で、正しい岡山弁講座やりましたねぇ。私も放送部出身。)ラジオドラマをお二人で制作。作品名は「機動戦士ガンダム」(ずばりかいっ!)脚本マル由さん。構成演出、福岡さん。そして、キャスト「赤い彗星」マル由さん(爆)。
くう〜っ。どんなだろうねぇ?私も学生時代に作ったラジオドラマの録音一様持っているが、余りの恥ずかしさに「封印」してるもん。
これ聞いたらマル由さんきっと「や、やめてくれ〜。抗癌剤よりキツイ〜。」と唸る事保証しましょう(笑)。ほんとに好きだったんですねー。

<エピソード5。「気力の人」マル由さん。>

笑い話ばかりでしたが、最後にマル由さんが、いかに意志が強かったか、お話します。

「闘病記」でも書きましたが、全身の痛みに大変苦しまれたマル由さんでした。
通常の鎮痛剤では効き目が無くなり、モルヒネまで服用しなければならないほどだったそうです。

医者は「いやぁ、いろいろと有効な鎮痛剤(当然麻薬です。)ありますから、試していきましょう。」
などと、平気で語っていますが、マル由さんは今年より自らの意思で鎮痛剤の服用を減らしていたそうです。
痛みは自分の体が病気と闘っている証拠だ。と言う事で・・・。
その意思力、そして痛みとの対決には病院スタッフも驚くほど(奥さんによると、「こんなに痛みに頑張った人居ない」と、看護婦さんに言われたそうです。)
頑張ったそうです。
マル由さんは、最後まで自分とも戦い続けたのです。そして、それを奥様、
ご家族で支え続けたのです・・・。

福岡さんの下さった資料(私は「真・マル由闘病記」と名付けました。)は、
どんなに福岡さんが我が身の事のようにマル由さんを心配され、励まし、応援したか書かれています。日記のように正確に日を追って経過を記録し、友人へのメール。私へのメール。奥様、ご家族への連絡。ご本人への連絡。遠方にもかかわらず(横浜)頻繁にお見舞いに訪れて下さるなど(何度か、他のご友人達も御夫妻で、一緒に遠くからお見舞いされて下さっております。)福岡さんもマル由さんの家族だったんだと、あらためて思いました。

こんな親友を持てたマル由さんが心底羨ましいし、マル由さんがそれだけ魅力ある方だったと言う事の証だと思います。

こんな親友が欲しい。そして、誰かの為に親身になれる人間になりたい・・・
そう思う今日この頃であります。

まあ、とりあえずは自分の家族を大切に(おいっ、カミサン!自分の旦那を大切に扱えよなっ!)して、マル由さん流に言うと「ぼちぼち」生きて行こうと思います。

いやぁ、マル由さんの赤い顔が目に浮かぶ。色々ばらしちゃったけど、許してね。じゃぁ、またね。マル由さん!



メイパパ大澤史和 

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